ぬいさん洗濯と今に繋がっていたこと。

雨の朝です。

昨日までは

秋晴れが続いて洗濯日和でした。

息子の部屋や
ソファーにいた

ぬいさんたちをザブザブ
お洗濯♪



f:id:sumire2469:20171114054305j:plain
f:id:sumire2469:20171114054315j:plain


f:id:sumire2469:20171114090658j:plain


服を着ているくまくんは
息子が小さいとき
ボタンをはめたりはずしたり
ファスナーの
あけしめ、
靴紐を苦労して結んだり



くりかえし遊んだ思いでぬいさんです。



子どもには

その年齢に応じて
飽かずにやり続ける
お仕事がありますね。



これのほかにも
空きの牛乳パックを
繋げて電車を作ることを

それはもう
来る日も来る日も
続けていました。


もう置場所もなくて
床の間に積み上げていました。


そしてある程度
時期が過ぎたら
どんどん捨ててました。



この前ふと、育児の雑誌の表紙を見かけたのですが、


子どもがいてもすっきりしたお部屋
みたいな内容で


本当に余計なものが何も出ていない
お部屋が写ってました。


キレイだなとは
おもうけど



子どものいる日常は
ごちゃごちゃしてたり
ちょっとちらかっていたり

当たり前なんじゃないかなぁ。



なんかここまでキレイすっきりを
目指すのって大変だなぁ


と思ってしまいました。

清潔で落ち着いた環境はたいせつだけど
ほどほどでいいんじゃないかと。



それより
わーっと
ちらかったけど

ごはんの前には片付けたよとか
寝る前には決まった場所に片付けるよ



とかの



雑然↔すっきり


両方ある生活のほうが子どもには
いいような気がするな。



その
牛乳パック連結魔だった長男も
大学生になり
建築を学んでいます。


課題で
住宅模型を作っている
息子を見ていると



サイズは大きくなったけど
やっていることは
変わらないなぁ

思うわけです。


大江健三郎
「自分の木の下で」

という本をはるか昔によんだけど


そこに


木の下に立つ、
かつて子どもだった
老人に


誰だったか、木が尋ねたのか
忘れたのですが



あなたはどうして生きて来たのですか?




と訊ねるシーンがあります。



老人ははるか昔を
思って考える。



そして



大江健三郎

君は大人になってもいま君の中にあるものを持ち続けることになるよ!勉強したり経験を積んだりしていたのをそれを伸ばしていくだけだ。今の君は大人の君に続いている。

という
言葉をで
つなげています。





牛乳パックの息子
は今は建築の模型作っている
ことを思うと


なおさら大江健三郎
言葉が思い出される。



繋がっていたんだなと。


だからというか



子どもがやってみたい!ってことは



その子の

芯のような根っこのようなもの
なのかもしれません。



毎日散らかるし
片付かないしやだなぁと

おもったけど



見守っておいてよかったんだなと
いまになって思いました。


おっと。
こちらの方もいました❗
f:id:sumire2469:20171114104558j:plain
f:id:sumire2469:20171114104612j:plain


玄米コーヒーで
お茶時間♪


f:id:sumire2469:20171114090624j:plain


ではでは~。